校長の声アーカイブ - 聖園だより|聖園女学院中学校・高等学校

聖園女学院中・高等学校

聖園だより

 10月17日(土)には「善行雑学大学」が企画した「グリーンハウス物語第21話 - シスターたちが散策したゴルフ場跡地 -」が実施された。布教と学校教育に専念する聖園女学院のシスターたちはゴルフと全く縁のない生活しているであろうが、似たような例は昔からある。たとえばドイツのトリーアでローマ帝国のコンスタンティン皇帝が4世紀の初め頃に建築した講堂(Aula Palatina)は、今は教会として使われている。そして西暦126年にローマの神々を奉る万神殿として建設されたパンテオンはその後、唯一の神を拝む礼拝堂になったのである。考えてみれば、神が創造した1つの宇宙・世界なので、このような転換は決して不思議ではない。

 ところで、神奈川県立体育センター地域内に残っている旧藤沢カントリー倶楽部のクラブハウスについて5月頃南山大学同窓会の方から情報が入った。その設計者は、1964年に完成した南山大学のキャンパスを設計した、前々回の「校長の声」にでも紹介したAntonin Raymondである。この卒業生が曰く、「聖園のすぐ近くにもまたRaymondの建物があるのは本当に不思議な縁ですね。」ちなみに、南山大学に隣接する神言神学院もRaymondの設計である。

 グリーンハウスに興味がある方々が聖園をも見学することになったのは本当に喜ばしいことである。ここに言うまでもなく、聖園女学院と南山学園を繋ぐ縁は、Antonin Raymondが設計した建物よりはるかに深い。宣教修道会である神言会の総長によって日本に派遣されたライネルス師が、聖心の布教姉妹会そして南山学園を創立したことは2つの学校法人の合併に至った縁ではあるが、ここには大きな力が働いている違いない。   -場所、建物、人が多様に変化する世界の出来事を繋ぐ縁の裏には私達を見守ってくださる神の摂理がある- という信念は聖園女学院、そして南山学園の教育を創立以来支えてきた。何故かというと(ある歌の言葉を借りて)、神は全世界をその御手にもっているからである。 -"He's got the whole world in his hands"-

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1枚目:Aula Palatina(ドイツ・トリーア) 外観

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2枚目:Aula Palatina(ドイツ・トリーア) 内部

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3枚目:パンテオン(ローマ)

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4枚目:グリーンハウス(藤沢市善行)

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5枚目:南山大学キャンパス(名古屋)・春

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6枚目:南山大学キャンパス(名古屋)・冬

5-7.jpg7枚目:神言神学院のチャペル内

「十字架称賛」

 カトリック教会の典礼歴には沢山の祝い日はあるが、9月で目立つのは29日の大天使ミカエルの記念日、そして14日の「十字架称賛」の祝日である。大天使ミカエルのことはまたいつか話すことにして、今回は「十字架称賛」について多少個人的な観想を紹介する。

 このような話題は多少の違和感を与える内容に見えるかもしれない。何故かというと、称賛されているのは間違いなく、ローマ帝国の時代に多くの人を苦しませた死刑の道具だからである。しかし、私にとって称賛されるのは、痛ましい磔(はりつけ)よりも、故郷ドイツのLimburg(リンブルク)の大聖堂の博物館に展示されている珍しいもの、イエスがつけられたと言われている十字架の断片である。小さいときから「これは間違いなく本物だ」と信じた私は、(考古学者の意見を無視して)今でもそれを疑う必要はないと思う。大聖堂とともに、この貴重な遺物は学校で学んだヨーロッパの歴史と自分の古里とを繋ぐリンクとなっているのである。十字軍が破壊した東ローマ帝国の首都から持ち出されたものではあるが、小さいときから親しんできた大聖堂と一緒に誇りに思っているのである。因みに、(ユーロがヨーロッパの通貨になる前に)ドイツマルクの1番大きい千マルクの紙幣を飾ったのはこの大聖堂の絵であった。

 -残酷な死刑、ちょっとだけ疑わしい遺物、キリスト教と戦争、宗教とお金の微妙な絡み-このような複雑な背景を把握していない世代にとって、リンブルク教区が毎年盛大な祝祭行事となっている。この十字架称賛の祝日は、私のような古いものには懐かしい思い出となっている。

 「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。」(マタイによる福音、18章3節)と言った人は、矛盾と反省すべき点を厳しく批判しながらも、信頼と愛の大切さを教えてくださった。だからこそ罪のない方が貼り付けられた十字架はこのような信頼と愛の象徴として今でも称賛されるのである。

上空からの写真.jpgのサムネイル画像

1枚目:リンブルク大聖堂 上空からの写真

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2枚目:リンブルク大聖堂 外観

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3枚目:リンブルク大聖堂内の十字架

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4枚目:千マルク紙幣

Retreat

 「軽井沢」と言えば、「ショッピングできる避暑地」というイメージを持っている方が多いかもしれないが、この軽井沢には宗教と関係がある名所もある。軽井沢銀座からChurch Street(教会通り)を通ればアントニン・レイモンドが設計した聖パウロ教会、サンセットポイントとして知られている旧碓氷峠の方面に行けばショー記念礼拝堂、そして雲場池の近くには神言修道会の黙想の家がある。

 黙想の家のことを英語でretreat houseと呼ぶが、この"retreat"という言葉には"to go on retreat"、静かに自分の今まで歩いてきた人生の意味を振り返る「黙想・静修」のほかに、(敗北で終わる可能性がある)戦いからの"retreat"、撤退という意味がある。換言すれば、「黙想」には逃げて撤退する側面は欠かせない。 「主はわたしの岩、砦、逃れ場/わたしの神、大岩、避けどころ」(旧約聖書の詩編18編3節)で示されているように、この世の煩悩から神の所に身を潜めたくなる時もあるからである。

 殆ど毎年の夏この黙想の家で静かな時間を過ごしてきた私にとって、軽井沢は-何が本当に大事であるかを考えるための-文字通りの「逃れ場」、日常の雑業に負けないように戦略的な撤退を可能にする場である。言うまでもなく、このような場は軽井沢だけではない。年間行事の「静修の日」が行われている聖園女学院の講堂は今年もまた参加者にとって過去を振り返り、そして今後のことを考えることができる「逃れ場」になることを祈っている。

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1枚目:軽井沢銀座

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2枚目:軽井沢銀座から見たChurch Street

K33.jpg3枚目:聖パウロ教会外見

K34.jpg4枚目:聖パウロ教会内

K35.jpg5枚目:ショー記念礼拝堂

K36.jpg6枚目:雲場池

K37.jpg7枚目:神言会軽井沢修道院

K38.jpg8枚目:神言会軽井沢修道院チャペル

 

Holidays

 学年を前期と後期にわける、教員・生徒が共に楽しみにしている夏休みとは何か。英語の"holiday"、ドイツ語の"Feiertag"、そしてフランス語の"jour férié"を出発点として、比較文化的な観点からこの勉強とは全く関係ない期間とされているシーズンの意義について考察することにした。

 ただし、今示した3言語の言葉を(仕事や学校のない)「休日」と翻訳できるが、その語源を見る限り、どちらも、大事なことを祝う日として、宗教的な背景がある。Holidayは、文字通り、holy、聖なる日であり、そしてドイツ語とフランス語はラテン語のferiae、神聖な行事を行う祭日である。しかし、夏休みのような休日の連続になると、話は変わる。ドイツ語のSommerferienは宗教的な側面を保っているように見えるかもしれないが、実際に英語とフランス語とが表している同じ現状を指している。ラテン語のvacare、「空白の状態である」に由来する英語の"vacation"とフランス語の"vacances"は宗教と関係ない有給休暇、何の予定も入っていない、空っぽな日の連続なのである。

 考えてみれば、日本にも似たような現象が見られる。昭和天皇の誕生日(昭和の日)、憲法記念日、そしてこどもの日(元々端午の節句)は祝っている内容が無視され、毎年交通渋滞と電車・飛行機の満席でニュースとなる連休に過ぎない。本来大事なことを祝う(祀る)ために設けられた祝日・祭日は単なる「休日」になっている現状を考えれば、聖園女学院の誕生日・創立記念日である5月30日に職員黙想会が開催されることは極めて有意義な企画である。(蛇足になるが、国際的なランキングの休日の数であれば、日本の16日は、韓国等と一緒に第2位である。第1位はインドとコロンビアの18日。)

 さて、かなり批判的な前置きになってしまったが、最後に有意義な夏休みについて自分なりの提案を手短く紹介したい。夏休みの「休」の字はヒントになると思う。「木」にもたれてくつろいでいる「人」のイメージはsummer vacation, Sommerferien, vacancesの精髄を表している気がする。(なお、この都合がいい解釈はあくまでも一人の偏屈な外人の勝手な想像として受け止めてほしい。)しかも、これは決して使徒パウロが批判している「怠惰な生活」(テサロニケの信徒への第2の手紙3章11節)ではない。むしろ自分にしかできないことに打ち込む活動を通して、「自分の木」の下で(大江健三郎著)、自分の本当の姿を再発見できるチャンスは、夏休みのholy daysの元々の意味ではないかと私は思う。

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Ⅰ枚目:日本の夏休み

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2枚目:オランダの夏休み

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3枚目:フランスの夏休み

山の上にある町

 藤沢に来て先ずは、聖園女学院の近辺を歩きながら、新しい生活環境を調べることにした。その時、私の目を引いたのは白旗の住宅地から見える校舎であった。「流石、カトリック学校」と、イエスの有名な言葉を実現した眺めだと思った―「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。」(マタイによる福音書5章14節。)看板に「みその」のふりがなが加えられたことに納得ができた。多少目立って、聖園の存在を積極的にアピールする狙いが籠められているという印象を受けた。

 私が(学生、そして教員として)38年通っていた南山大学にも同じような風景がある。北から山手通りを登って行けば、名古屋大学を見下ろすA棟の上に「南山大学」という看板が見える(ふりがななし)。やはりトップにいるという立地条件を活用しなければならない。

 ところで、問題点もある。具体例はヨーロッパ研修旅行でギリシアのアテネを見学したときのある学生の一言である。バスからかの有名なアクロポリスを見上げて「今から何をするのですか」という質問に対して「登るよ」と元気よくアナウンスしたら、学生はもう一度この貴重な世界遺産を見上げて「やめた」と言って、バスに残った。

 古代ギリシアからまた藤沢に戻ろう。いつか友人が教えてくれた小林一茶の詩が聞こえてくる気がする。

悠然として 山を見る 蛙かな

 遠くから見られるだけでなく、「登ってみたい町」として今でも慕われている「みその台」を毎日のように登って行くことを積極的に(「継続は力なり」)受け入れても、悠然と見るだけで物事を完結できた蛙が羨ましい。

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