2021年12月アーカイブ - 聖園だより|聖園女学院中学校・高等学校

聖園女学院中・高等学校

聖園だより

冬季休業のお知らせ

ごきげんよう。

2021年は、本当にたくさんの方に聖園女学院へお越しいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
2022年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

誠に恐れ入りますが、2022年1月4日(火)まで休業させていただきます。
12月23日以降にいただきました「資料請求」や「メールによるお問い合わせ」へのお返事が1月5日(水)以降になりますことをご了承いただきますようお願いいたします。

2022年度も聖園女学院では、様々なイベントを企画しています!!
どうぞ学院HPでご予約ください☆

また、聖園生の日常生活などはFacebookで公開しております。
どうぞ、元気な聖園生の様子をご覧ください☆

寒さが増していく日が続いておりますので、くれぐれもお体を大切にお過ごしください。
ごきげんよう。

聖園女学院のクリスマスミサ

待降節を迎えると、各教室にはアドベントカレンダーが飾られます。
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写真は中学1年ゆり組教室のアドベントカレンダー。
イエス様のご降誕を待ち望みながら、心をこめて、毎日ひとつずつオーナメントを飾りつけました。

12月17日、中学3年生のステンドグラス作品が彩る講堂でクリスマスミサが行われました。
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昨年に引き続き、分散登校・2学年ずつに分かれてごミサに与りました。
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皆で心を合わせて世界の平和を祈り、イエス様のご降誕をお祝いする時間をもつことができました。
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クリスマスおめでとうございます。
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加藤一二三さん講演会

試験返し2日目。
高校1年生が校内研修を行いました。
講師は加藤一二三さんです。
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加藤さんには「祈りや平和」「愛といのち」をテーマに、オンラインでお話しいただきました。
棋士として、そしてキリスト教信者として歩まれてきた加藤さんのお話に、高1生は熱心に耳を傾けていました。

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生徒の感想をご紹介します。
生き方を変える。考え方を変える。一二三さんは将棋で何度も何度も戦略を変えて今の自分があるとおっしゃっていて、自分も視野を広くして考えてみようと思った。

人には欠点があるということ。自分だけでなく相手も。欠点は恥ではない。人の欠点を語ってはいけない。お互いを受け入れて認め合って過ごすということを学んだ。

「神に愛されているから自分が存在している。」今まではこの言葉を自分のためだけだと思っていたが、自分も人に与えることができる存在なのだと気づいた。自分の経験を人に話すことは誰かのためになると知った。

中3オンライン現地研修を行いました

試験返し1日目。
中学3年生が何やら熱心にのぞき込んでいます。
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こちらは「バーチャル現地研修」の一コマ。
8月に出発することが出来なかった「京都・奈良現地研修」に代わって、校内で行われました。

VRでは奈良公園の鹿とたわむれたり、「清水の舞台」の高さを体験したりと、
まるで現地にいるかのような臨場感を味わいました。
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続いてクラス写真の撮影です。
どんな仕上がりになるのでしょうか...!?
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昼食をはさんで、天性寺住職による法話を伺いました。
住職の朗々としたお声に、教室の雰囲気も引き締まります。
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住職のご指導による礼拝体験も。
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最後は、清水焼の絵付け体験です。
オンライン越しにご指導いただきながら、思い思いに絵付けを楽しみました。
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オンライン研修に先立ち、11月28日には箱根にて研修を行いました。
(関所・星の王子様ミュージアム・寄木細工体験・箱根湯本散策)

例年とは形を変えての研修となりましたが、この体験が74回生の深い学びにつながるとともに、中学生活の良き思い出となるよう願っています。

理事長メッセージ 『南山学園に関わるすべての皆様へ』

保護者と生徒の皆様へ                                                                  コロナウイルス感染拡大防止対策のために学校行事が中止や縮小される中で、2回目のクリスマスを迎える時期になりました。昨年と同様、聖園女学院の伝統行事であるクリスマスミサを三回に分けて、2学年ずつで行うことになりましたが、クリスマスの本来の意味は変わっていません ー 困難の状況の中でこの世に生まれて、人類に生きる希望を示してくださった神の子イエスの降誕を祝うことです。                                                                         この度、市瀬英昭南山学園理事長からお祝いの言葉が届きました。皆様に平和なクリスマスと年末が訪れますようにお祈りします。                                  聖園女学院高等学校・中学校学校長 ミカエル・カルマノ

理事長メッセー ジ 『南山学園に関わるすべての皆様へ』

一足早いクリスマスのお祝いを申し上げます。

それと同時に、この機会に、南山学園をつくりあげているすべての方々―各学校等で日々勉学や研究等に励む園児・児童・生徒・学生の皆さん、その保護者・保証人の皆さま、そして、近くから遠くから支えていただいている卒業生の皆さま、企業・行政の皆さま、および教職員の皆さん方―に、心よりお礼を申し上げます。この一年間、コロナ禍の中で、それぞれに困難を抱えられたと思いますが、南山学園および各設置校へのご理解を賜り、ご支援をいただき、ともに南山学園および各設置校の使命を果たすためにはたらいていただきましたことに、深く感謝いたします。

理事長クリスマスメッセージテキスト(学外) _1_2021Chairman-photo_Homepage.jpg

現在のコロナ禍に限らず、世界には、常に、様々な困難が存在しています。しかし、その困難な状況は、わたしたちが様々なつながりの中に生かされているという事実を確認し、わたしたちに他者への責任を自覚させる機会となるかもしれません。また、それは、お互いが支え合い、協力し合い、知恵を出し合う機会でもあります。こうして、究極的には、わたしたち人間も「創られた存在」である、という根本的な事実に気付くことにもなります。

フランスの外交官で、日本にも大使として滞在したことのあるポール・クローデル氏(1868-1955)はこう言っています。

「すべてこの世に存在する苦しみは、臨終の苦しみではなく、産みの苦しみである」

わたしには、とてもそのように断言する勇気はありませんが、そうであって欲しい、と心から思います。わたしたちが直面しているいろいろな困難と苦しみは、何か、新しいよいものが誕生するための「産みの苦しみ」なのだ、ということ。そして、その新しい幸せのかたちが世界に誕生するためには、わたしたち人間同士の支え合いと助け合い、まさに「わたしたちの貢献」が必要であることを心に留めたいと思います。

クリスマスは、世界がどのような困難な状況であっても、毎年祝われます。

それは、クリスマスのメッセージが、キリストは、まさに、このような苦しみと不条理に満ちた世界の真っただ中に誕生したのだ、誕生しているのだ、と私たちに告げているからではないでしょうか。そして、同時に、聖書は、 どのような暗闇の中でも、どのような不条理の中でも、決して消えない光がある、消せない光がある、と宣言してわたしたちを励ましています。

わたしたちにとって、キリストは過去の存在ではなく、現在のわたしたちを照らし行くべき道を指し示してくれる存在です。わたしたち南山学園もその光を受けながら、希望をもって教育研究活動を展開してまいります。 

1932年にヨゼフ・ライネルス神父により創立された南山学園は来年90年を迎えます。皆さまのご協力、皆さまの毎日のご苦労を通して、南山学園の光が今も引き継がれていることに、改めて感謝しながら、その感謝の中で、クリスマスを祝いたいと思います。

クリスマスおめでとうございます!

  南山学園理事長 市瀬 英昭

校長の声 『寝る子は育つ』

私の講義を聴いた南山大学の学生は授業評価の時に次のようなコメントを書いてくれた。

 「優しい、子守歌のような声なので安らかに寝れる授業だった。」

 「眠れなくなるからマイクを使わないで欲しい。」

 授業改善に繋がらなかったが、参考になる、と思った。

 人の話を聞いて眠ってしまうのは現代の若者だけではない。2000年前にパウロの話を聞いた若者の話はその証拠となる。

 「パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」(使徒言行録20章7節~10節)

 窓際ではなく、教室の椅子であれば特別な安全対策(シートベルト?)は必要ではないが、ここで注目して頂きたいところはこの青年の名前「エウティコ」である。このギリシア語を直訳すると、(神から頂く)幸(エウ)運(ティケ)になる。(ティコはティケの男性形)。

 運が良くパウロは現場にいたので助かった、というhappy endingの話は一つの重要な真実を教えている気がする。私達の命は自分の力で手に入るものではなく、神からいただいた賜物である。事故で死亡した青年エウティコは極端な例であるが、私達一人ひとりの人生は生まれるときに頂く命から始まる ー それについて考えさせるのが毎年のクリスマスシーズンのシンボルである飼い葉桶で眠っている幼子イエスである。

 VOX#56_3_2007-12-14NanzanManger04787.jpgところで、目を開けたままで手を上げる幼子はあまり現実的ではない。我々人間と同じように、寝る時間は目覚めている時間より長かった筈の幼子イエスは時間をかけて育ち、そして誰も予想できなかった救い主に成長したのである。

 寝る子は育つが、いつも寝たままの人生は神が与えてくださった命の賜物の無駄遣いになる。新年を迎えて、新しい始まりのために少し力を蓄えるためにゆっくりした寝正月はいいかもしれないが。

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