校長の声 ― 静修の日に寄せて ― - 聖園だより|聖園女学院中学校・高等学校

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聖園だより

校長の声 ― 静修の日に寄せて ―

LEARNING FROM SILENCE

 皆さん、ごきげんよう。

 例年より少し短い夏休みが終わり、今日からまた普通の毎日・普通の学校生活に戻りますが、「普通」とは言っても、やはり、皆さんもずっと実施してきた、新しい生活様式の「普通」です。一つの具体例は今日の「静修の日」です。年間行事の予定表には「静修の日・ミサ」と書いてありましたが、コロナウイルス対策の一環として、講堂で皆さんと一緒に祈ることは出来なくなったのです。

 このような、あれもこれも出来ない状況ですが、学校生活で一番重要な活動はこの新しい生活様式の中でも出来ます ー 学ぶことです。学ぶことが出来る場は沢山ありますし、そして学び方になると個人差もありますが、聖園の学校生活に欠かせない三つの学び場について話して、皆さんに再確認していただきたいと思います。

 一つ目は授業の前で友達と話して、色々分かち合って「友達から学ぶ場」です。二つ目は授業で先生の話を聞いて学ぶ場です。そして三つ目は最初の二つの間にある「黙想の時間」で、静けさから学ぶ場です。友達から学ぶこと、そして先生から学ぶことについて皆さんはもう十分分かっていますが、「静けさから学ぶ」ことについて説明し、皆さんを少しだけ考えさせたいと思います。

 学び場となっている「静けさ」とは何でしょうか。簡単に言えば、静けさは何も聞こえてこない状態でしょう。例えば、聴力検査の時に、いろんな雑音を完全に閉め出す、シャットアウトする狭い空間に閉じ込められます。その時に何が聞こえてくるかというと、聴力検査に使われている音ですが、不思議なことに自分の心臓の脈拍も聞こえてくるのです。

 このような静けさを朝の教室で確保することは無理ですが、静修の静けさはこのような物理的な「雑音のない状態」だけではありません。むしろ、毎朝、黙想の時に、自分の心の耳を開くことはポイントです。静かになって、心の耳を開いている時に何が聞こえてくるのでしょうか。神様の声も聞こえてくるかもしれませんが、その前に先ず自分のことが聞こえてくることは重要です。つまり、静かになって心の耳を開くことは気づきの場となります ー 普段の自分、そして普段と違う自分に気づくチャンスです。今のありのままの自分なので、自分の欠点にも気づくことになります。このところは聴力検査に似ています。前回の検査と比べて聴力は少し落ちてしまった、と分かるのです。

 次のステップは静けさから学ぶことの目的です。今の、ありのままの自分に気づいて、この自分を受け入れることはその第一歩ですが、ここは止まってしまう場ではありません。むしろ、今の、ありのままの自分の足りないところを確認して、また踏み出して、先に進むことが黙想の目的です。心の静けさの中で自分のことについて学び、もっと自分らしい自分に変わり、成長するチャンスを与えるのは、毎日の黙想の静けさです。

 当然ですが、心の耳を塞いで何も聞こえないようにすることは、学びに繋ぐ本当の静けさにはなりません。

 皆さん、今日からまた友達から、先生から、そして黙想時間の静けさから積極的に学んでください。特にlearning from silence、静けさから学ぶことは「新しい生活様式」を支えることになると思います。
 音・音楽・言葉で言い表せないメッセージが皆さんの心に響いてくるようにお祈りします。

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