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校長の声

校長の声 『日没』

 毎晩(曇り空でなければ)西の水平線の下に太陽が消えてゆくのが見える。知多半島の内海であろうか、西オーストラリアのケーブルビーチであろうか、お日様が静かに海に沈んでいく風景は我々人間の心に安らぎを与えるのである。

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 ところで、この大自然の現象を描く言葉には誤解を招く側面がある。地球の動きで太陽が見えなくなっているのに、昔の人が受けた印象は未だに言葉に残っている。「日」は「没」になる。

 これは日本語だけの問題ではない。英語のsunsetは(例えば)settle down、落ち着かせるというイメージにつながるが、ドイツ語のSonnenuntergangには日本語の日没と同じような含みがある。例えば、ドイツの文化哲学者オスヴァルト・シュペングラーは著書の"Der Untergang des Abendlandes"(『西洋の没落』)で西洋文化のUntergang(没落)はもう避けられない、と主張していた。

 西洋は本当に没落するかどうかを別な問題にして、本のタイトルは世間を見ている私達の「立場」について考えさせるのではないか、と私は思う。というのは、自分が置かれている状況は文字通りの「立場」ではない、諦めて立ち止まったままで世界の没落を見る必要はない、と気付かせるきっかけとなり得るのである。西の方に進み続けば、太陽は沈まないが、立ち止まって夕方の風景を楽しむことも大事である。自分がどのように動けば世界はもう少し明るい場になるのか、と考えさせる場となるのである。

 言うまでもなく、このような反省を促す場は夕方の海岸だけではない。軽井沢には英語版の観光案内で"Sunset Point"という観光名所、旧碓氷峠見晴台がある。昼の間にも落ち着いて次の動きについて考えさせる「立場」となっているが、先ず動き出して、3.5.キロメートルの山道を自分の足で登ることは必須条件となっている。

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